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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6265号 判決

判  決

東京都文京区大塚上町十八番地

原告

株式会社衛生科学研究所

右代表者(商法第二百六十一条の二の規定により定められたもの)

西山雄次

右訴訟代理人弁護士

久山勉

東京都港区麻布市兵衛町二丁目三十七番地

被告

西元太郎

右訴訟代理人弁護士

石田寅雄

相原秀年

右訴訟復代理人弁護士

田口尚真

右当事者間の昭和三五年(ワ)第六、二六五号実用新案権実施権設定登録手続等請求事件について、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

被告は、原告に対し別紙目録記載の実用新案権について、範囲は全部、実施料なし、ただし、原告が利益をあげるに至つたときは、実施料を支払うこととする許諾による通常実施権の設定登録手続をせよ。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  原告の申立及び主張

(請求の趣旨)

原告訴訟代理人は、第一次に主文同旨の判決を求め、第二次に、「原告が別紙目録記載の実用新案権について、範囲は全部、実施料なし、ただし、原告が利益をあげるに至つたときは、実施料を支払うこととする許諾による通常実施権を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因及び被告の抗弁に対する答弁として、つぎのとおり陳述した。

(請求の原因)

一  被告は、別紙目録記載の実用新案権を有するものである。

二  原告は、昭和三十四年四月十日、被告と右実用新案権について、

(い) 被告は、原告に対し、内容的、地域的及び時間的になんらの制限のない実施を設定すること。

(ろ) 実施は無償とすること。ただし、原告が利益をあげるに至つたときは、原告は、被告に実施料を支払うものとすること。

(は) 被告は、右実用新案権について、原告以外の第三者に対し全部または一部の実施権を与えないこと。」

等を内容とする実施権設定契約を締結したが、その際、被告は、原告に対し右実施権設定の登録手続をすることを約した。しかして、昭和三十五年四月一日実用新案法の施行にともない、前記実施権は、許諾による通常実施権となつたものとみなされるに至つた(実用新案法施行法第十四条)。よつて、原告は、被告に対し、前記被告との約定に基き、許諾による通常実施権の設定登録手続を求める。

三  かりに、原告、被告間に実施権設定の登録手続をする旨の定めがなかつたとしても、原告は、前記実施権設定契約に基いて、当然登録請求権を有するものであるから、被告に対し、前記許諾による通常実権施の設定登録手続を求める。

四  なお、前記通常実施権の設定登録手続を求める原告の第一次請求が認められないときは、第二次請求として、原告が別紙目録記載の実用新案権について、実施権設定契約に基く通常実施権を有することの確認を求める。

(被告の主張に対する答弁)

一  被告の主張事実中、原告が昭和三十二年四月十九日設立され、その当時の取締役兼取締役は林信夫及び西山雄次、取締役は村角安三及び被告であつたこと、右四名は昭和三十三年四月十九日任期の満了により退任し、昭和三十四年十二月十六日再び取締役に就任したこと、右四名が退任し、再び取締役に就任するまでの間、原告には取締役が新たに選任されなかつたので、その林信夫及び西山雄次が取締役兼代表取締役の権利義務をを有し、村角安三及び被告が取締役の権利義務を有していたこと、実施権設定契約に、「原告が事業を中止し、解散したるときは、この契約は無効とする。」との定めがあつたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二  前記実施権設定契約は、原告取締役の権利義務を有する被告が、原告に対し、別紙目録記載の実用新案権について、無償で実施権を設定したものであるから、商法第二百六十五条の「取引」には当らない。したがつて、実施権設定契約の締結及び登録手続の約定については、原告の取締役会の承認を受けることを要するものではない。

三  かりに、原告、被告間の実施権設定契約の締結等が商法第二百六十五条の「取引」に当たるとしても、その当時、原告の取締役の権利義務を有する林信夫、西山雄次及び村角安三がこれに立ち会い、被告と契約を締結することを承認したものであるから、取締役会の承認を受けたものである。

第二  被告の申立及び主張

(請求の趣旨、原因に対する答弁)

被告訴訟代理人は、「原告の第一次及び第二次の請求は、いずれもこれを棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因事実中、原告被告間の昭和三十四年四月十日の実施権設定契約に、実施権は内容的及び地域的に制限のないこと、及び、被告が原告に対し実施権設定登録手続をすることとの定めがあつたことは、否認する。その余の事実は認める、と述べた。

(被告の主張)

一  実施権設定契約等を締結するについて、商法第二百六十五条に定める取締役会の承認を受けていないから、右契約等は無効である。

(一) 原告は、昭和三十二年四月十九日設立され、それ当初の取締役兼代表取締役は、林信夫、及び西山雄次、取締役は、村角安三及び被告であつたが、右四名は、昭和三十三年四月十九日任期の満了により退任し、昭和三十四年十二月十六日再び取締役に就任した。しかし、右四名が退任し、再び取締役に就任するまでの間、原告には取締役が新たに選任されなかつたので、その間、林信夫及び西山雄次は、商法第二百五十八条、第二百六十一条第三項の規定により、取締役兼代表取締役の権利義務を有し、村角安三及び被告は、商法第二百五十八条の規定により取締役会の権利義務を有していた。

(二) 昭和三十四年四月十日の契約等は、原告と原告の取締役の権利義務を有する被告との間に締結されたものであるから、商法第二百六十五条により取締役会(本件においては取締役の権利義務を有する者の)承認を受けなければならないにもかかわらず、右契約等の締結については、取締役会の承認を受けたことがない。したがつて、実施権設定契約等は無効である。

二  かりに実施権設定契約が有効であるとしても、つぎのとおり解除されたから、原告は実施権を有しない。

(一) 原告、被告の前記実施権設定契約に、「原告が事業を中止し、解散したるときは、この契約は無効とする。」との定めがあるところ、原告は、昭和三十四年七月ごろ資金難から営業困難になり、事業を中止して解散状態となつた。したがつて、右約定に基いて、そのころ実施権設定契約は当然解除されたものである。

(二) 右(一)の主張が理由がないとしても、被告は、昭和三十四年七月ごろ原告の代表取締役の権利義務を有する株信夫との間で、実施権設定契約を合意解除した。

第三  証拠関係(省略)

理由

第一  実施権設定契約について

(争いのない事実)

一  被告が、その権利に属する別紙目録記載の実用新案権について、昭和三十四年四月十日、原告と、

(い) 被告は、原告に対し、時間的になんらの制限のない実施権を設定すること。

(ろ) 実施は無償とすること、ただし、原告が利益をあげるに至つたときは、被告に実施料を支払うものとすること。

(は) 被告は、右実用新案権について、原告以外の第三者に対し、全部または一部の実施権を与えないこと。

を内容とする実施権設定契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

(実施権の範囲)

二 (証拠)によると、右契約には、実施権について内容的制限及び地域的制限がなかつたことが認められ、これに反する証拠はないから、前記実施権については、その内容、地域、及び、時間に制限がなく、したがつて、別紙目録記載の実用新案権の全範囲について原告のため実施権が設定されたものといわなければならない。

(登録手続に関する約定)

三 (証拠)によると、前記実施権設定契約の際、原告、被告間に実施権設定登録手続をする旨の約定があつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる明確な証拠はない。

第二  取締役会の承認について

一 原告は昭和三十二年四月十九日設立され、その当初の取締役兼代表取締役は、株信夫及び西山雄次、取締役は、村角安三及び被告であつたが、右四名は昭和三十三年四月十九日任期の満了により退任し、昭和三十四年十二月十六日再び取締役に就任したこと、右四名が退任し、再び取締役に就任するまでの間、原告には取締役が新たに選任せられなかつたので、その間、林信夫及び西山雄次が商法第二百五十八条、第二百六十一条第三項の規定により、取締役兼代表取締役の権利義務を有し、村角安三及び被告は商法第二百五十条の規定により取締役の権到義務を有していたことは、当事者間に争いがない。したがつて、昭和三十四年四月十日の実施権設定契約は、原告と原告の取締役の権利義務を有する被告との間に締結されたものといわなければならない。なお、商法第二百六十五条の「取締役」には、取締役の権利義務を有する者を含むものと解するを相当とする。

二 原告は、前記実施権設定契約は、被告が、原告に対し別紙目録記載の実用新案権について、無償で実施権を設定したものであるから、商法第二百六十五条の「取引」には当らないと主張する。しかし、前記契約には、「実施は無償とすること。ただし、原告が利益をあげるにいたつたときは、被告に実施料を支払うものとすること。」との定めがあることは、原告の自認するところであるから、被告が無償で実施権を設定したものとはいいがたい。原告の前記主張は、あるいは、実施権設定契約そのものについては、原告から何らの代償が支払われなかつたから……」という趣旨とも理解されるが、たとえ、そうだつたとしても、前記認定のとおり、実施権の範囲を定め独占的な実施権を、将来実施料の支払を受けることあるべき約定のもとに、設定するかどうかは、ことの性質上、原告と被告との間に利害の衝突を生ずること明らかであるから、原告と被告との前記実施権設定契約は、商法第二百六十五条の「取引」に当たるものと解するを相当とすべく、したがつて、右契約の締結については、原告の取締役会の承認を受くることを要するものといわざるをえない。

三  しかして、(証拠)によると、前記実施権設定契約の締結の際、原告の取締役の権利義務を有する林信夫、西山雄次及び村角安三が甲第三号証の契約書を協議のうえ承認して、林信夫及び西山雄次が原告の代表者として右契約書に記名押印し、被告と実施権設定契約を締結したことが認められ、この事実によると、前記実施権設定契約の締結については、原告の取締役会の承認があつたことを認めうべく、(中略)他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

第三  実施権設定契約の解除について

一  実施権設定契約に、「原告が事業を中止し、解散したるときは、この契約は無効とする。」との定めがあつたことは当事者間に争いがない。被告は、原告が昭和三十四年七月ころ事業を中止して解散状態となつたから、右約定に基いて、そのころ、右契約は解除されたものであると主張する。なるほど、(証拠)中には、被告の右主張に添うものがあるけれども、右各証拠は、(中略)、たやすく信用しがたく、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告の右主張は採用することができない。

二  被告は、昭和三十四年七月ごろ実施権設定契約を合意解除したと主張するけれども、これを認めるに足りるなんらの証拠がないから、右主張もまた、採用することができない。

(むすび)

以上認定の事実によると、被告は、原告に対し別紙目録記載の実用新案権について、実施権設定登録手続をする義務があるところ、右実施権は昭和三十五年四月一日実用新案法の施行にともない、許諾による通常実施権となつたものとみなされるに至つた(実用新案法施行法第十四条)。したがつて、原告に対し別紙目録記載の実用新案権について、範囲は全部、実施料なし、ただし、原告が利益をあげるに至つたときは実施料を支払うこととする許諾による通常実施権の設定登録手続をする義務がある。

よつて、原告の第一次の請求は正当であるから、これを認容することとし(したがつて第二次請求については判断しない。)、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 田 倉  整

裁判官 竹 田 国 雄

(別紙目録省略)

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